支持体は油彩画の場合、一般的にキャンヴァスに描くことが多いのですが、私の場合、板(合板)に描いています。これは、キャンヴァスの織目より、フラットな画面が欲しいからです。もちろん、キャンヴァスでも地塗りをしなおし、磨きをかければフラットにはなりますが、板ならそのままで平ですから、簡単に作れることになります。キャンヴァスも織目を生かして使えば、最もすばらしい支持体のひとつです。板を使っているのは、全くの個人的な嗜好ですので、これに限るということではありません。
キャンヴァスは16世紀ごろから使われ始めます。それは、画面の大型化に対し、板絵では大きなものが難しいことと、重くなることによるものです。
かつてのように一枚板で作ることは、もちろん歴史に逆行することになりますが、今日では、合板という便利な材料が手に入ることで、新しい可能性が出てきているのです。
絵画に適している合板には、次のようなものがあります。
1.木質繊維合板;おが屑のようなものを接着剤とともに圧縮したもの。
2.ランバー・コア・ボード;棒材を芯にして、薄い板材でサンドイッチにしたもの。
3.積層合板;いわゆるベニヤ。薄い板材を何層も接着したもの。ラワンよりシナが最適。
いずれも、薄くても丈夫で、反りが無いことが長所です。一般的には、10号ぐらいまでなら、12〜15mmぐらいの厚さがあれば、充分反りを防ぐことができます。
初期ルネッサンスまでの板絵はかなり薄い一枚板を使っていますが、それでも反りがないのは、裏面も表と同じ地塗りを施し、絵具まで塗っているからです。同様に、合板でも薄いものを使う場合は、裏にも地塗りを施しておくとよいでしょう。
特に大作のような場合は、合板といえどもかなり重くなりますので、桟を組み、中空にして軽量化を図ります。
地塗りを含め、絵具を塗る前の準備をプレパレーションと言いますが、これには、ヤニ・焼けからの防御、絵具の食いつきを良くする、発色を良くするなど、重要な意味があります。
下地はその性質から、次の3つのタイプに分けられます。
1.非吸収性下地:油性の地塗り。油絵具のシルバー・ホワイトや一部メーカーで出しているファンデーション・ホワイトなどを、目止めした支持体に塗って作ります。昔日の巨匠たちの、油絵具で描かれたキャンヴァスの大半はこのタイプ。油彩用。
2.吸収性下地:水性の地塗り。板絵や、テンペラで描かれているものは、ほとんどがこの下地。水彩、油彩、どんな絵具にも適しています。
3.半吸収性下地:エマルジョンの地塗り。加える油脂分の量で、吸収性、非吸収性の両方に近づきます。最近の市販のキャンヴァスは、合成樹脂を加えたエマルジョン・キャンヴァスが主流のようです。
これらには、それぞれ一長一短があり、どれが良いということはありません。たとえば、非吸収性下地では、絵具をふき取ることができるので、描き直しがききます。しかし、食いつきという点では、吸収性に勝るものはありません。要は、その上に乗る絵具や、その使い方次第なのです。
古くからヨーロッパで使われていたのは、吸収性下地の白亜地と石膏地でした。石膏地はおもにイタリアで、白亜地はドイツ、フランドルで使われていました。その地方に産する「白い粉」であったためです。、これらのどちらが良いというものではありません。マニュアル好きな日本人の律儀さ(?)から、イタリアの技法を学んだ者は石膏地を推奨し、ドイツやフランスのそれを学んだ者は白亜地を推奨しているのです。
石膏地に使われる石膏とは、「天然石膏」のことで、硫酸カルシウムと水を成分とする鉱物です。画材店で入手する「焼き石膏」はこれを約105℃で焼いたもので、水を加えると固まりますので、このままでは使えません(※注1)。ここで使うものは、「ボローニア石膏」などと、産地名が付いたものです。この下地は、イタリア語から、Gesso(ゲッソ)と呼ばれています(※注2)。
白亜は、微生物(孔虫類)の死骸や貝殻などが堆積して化石化した、もろい泥灰岩で、主成分は炭酸カルシウムです。良質のものは、フランスやスペインなどで産出し、その地名を取って、「シャンパーニュの白」とか「スペイン白」と呼ばれています。ちなみに、英語ではChalk(チョーク)と書きますが、言わずと知れた「白墨」のことです。
これらはシルバー・ホワイトやチタニウム・ホワイトなどの「白色顔料」に対し、「体質顔料」と呼ばれていますが、これは染料系の色材を沈着させるための媒質として使われるためです。すなわち、白さはそれほど強くなく、他の色を食わないのです。あたかも、透明なガラスを細かく砕いていくと、白い粉になるのに似ています。
いずれにしても、これらは現地では大変安価で入手できるもので、何よりこの点が下地として使われた最大の理由ではないでしょうか。しかし、日本では良質のものが産しないため、すべて輸入に頼らなければなりません。日本の画材店の棚に乗った時点で、数十倍にも値上がってしまいます。
では、これら天然の体質顔料に代わるものは、日本では手に入らないのでしょうか。
たとえば、日本画の最も重要な白である胡粉(ごふん)というものがありますが、これは貝殻を焼いて作られたもので、白亜と同じ炭酸カルシウムが主成分です。もちろん、日本画材料店で入手するほか、塗料店で下地材料として置いてあるものも使えます。
また、化学的に合成で作られる石膏(硫酸カルシウム)や白亜(重質炭酸カルシウムまたは沈降性炭酸カルシウム)もあります。これらはすべて薬局で食品添加物として、入手できます。
この合成のものは、純度が高く、粒子が細かくて均一であるのに対し、天然のものにはたくさんの不純物が含まれ、粒子が不均一です。そのため、一見、合成のものの方が優れていると思いがちですが、私の経験では、微妙な点で天然の方に軍配を上げてしまいます。これは、この不均一さが乾燥時に収縮を妨げ、適度な軟らかさを与えているからなのです。
しかし、あえて「イタリアの石膏やスペインの白亜に限る」と言うつもりはありません。ヨーロッパ至上主義から開放されるべきで、中国や韓国、日本にも、これに代わる天然の下地用顔料があるのではと、現在あれこれと試みているところです。
たとえば、カオリンというものがあります。カオリンとは陶土のことで、これは、中国江西省浮梁県の高陵(かおりん)で良質のものが産したためについた名前なのです。
石膏や白亜に比べて、粒子が細かいため、滑らかできめが細かいのですが、その分、厚塗りすると収縮率が大きくなります。
処方は、白亜地の白亜をカオリンに置き換えるだけです。ベルギーのアカデミーでは、このカオリン地を推奨していました。(何とも皮肉なことで、ヨーロッパで東洋の物を好み、日本ではヨーロッパのものを好んでいるのです!!)
※注1 焼き石膏は、長時間大量の水につけて固まらなくして「殺して」から使うか、水と混ぜると放熱しながら固まるので、逆に加熱し続けると固まらない。
※注2 アクリル絵具の下地塗料もジェッソ(Gesso)というが、石膏のことではなく、単に下地塗料という一般名詞的な意味で使われている。