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ART SQUAREは三浦明範の作品と絵画技法・材料のサイトです。

静物画講座 ―テンペラと油彩の混合技法― (その3)

支持体とプレパレーション ―材料―

支持体は油彩画の場合、一般的にキャンヴァスに描くことが多いのですが、私の場合、板(合板)に描いています。これは、キャンヴァスの織目より、フラットな画面が欲しいからです。もちろん、キャンヴァスでも地塗りをしなおし、磨きをかければフラットにはなりますが、板ならそのままで平ですから、簡単に作れることになります。キャンヴァスも織目を生かして使えば、最もすばらしい支持体のひとつです。板を使っているのは、全くの個人的な嗜好ですので、これに限るということではありません。

 キャンヴァスは16世紀ごろから使われ始めます。それは、画面の大型化に対し、板絵では大きなものが難しいことと、重くなることによるものです。
 かつてのように一枚板で作ることは、もちろん歴史に逆行することになりますが、今日では、合板という便利な材料が手に入ることで、新しい可能性が出てきているのです。

 絵画に適している合板には、次のようなものがあります。

上からシナベニヤ、
ランバー・コア、MDF

1.木質繊維合板;おが屑のようなものを接着剤とともに圧縮したもの。
2.ランバー・コア・ボード;棒材を芯にして、薄い板材でサンドイッチにしたもの。
3.積層合板;いわゆるベニヤ。薄い板材を何層も接着したもの。ラワンよりシナが最適。

 いずれも、薄くても丈夫で、反りが無いことが長所です。一般的には、10号ぐらいまでなら、12〜15mmぐらいの厚さがあれば、充分反りを防ぐことができます。

 初期ルネッサンスまでの板絵はかなり薄い一枚板を使っていますが、それでも反りがないのは、裏面も表と同じ地塗りを施し、絵具まで塗っているからです。同様に、合板でも薄いものを使う場合は、裏にも地塗りを施しておくとよいでしょう。
 特に大作のような場合は、合板といえどもかなり重くなりますので、桟を組み、中空にして軽量化を図ります。

■プレパレーション

 地塗りを含め、絵具を塗る前の準備をプレパレーションと言いますが、これには、ヤニ・焼けからの防御、絵具の食いつきを良くする、発色を良くするなど、重要な意味があります。

 下地はその性質から、次の3つのタイプに分けられます。
1.非吸収性下地:油性の地塗り。油絵具のシルバー・ホワイトや一部メーカーで出しているファンデーション・ホワイトなどを、目止めした支持体に塗って作ります。昔日の巨匠たちの、油絵具で描かれたキャンヴァスの大半はこのタイプ。油彩用。
2.吸収性下地:水性の地塗り。板絵や、テンペラで描かれているものは、ほとんどがこの下地。水彩、油彩、どんな絵具にも適しています。
3.半吸収性下地:エマルジョンの地塗り。加える油脂分の量で、吸収性、非吸収性の両方に近づきます。最近の市販のキャンヴァスは、合成樹脂を加えたエマルジョン・キャンヴァスが主流のようです。

 これらには、それぞれ一長一短があり、どれが良いということはありません。たとえば、非吸収性下地では、絵具をふき取ることができるので、描き直しがききます。しかし、食いつきという点では、吸収性に勝るものはありません。要は、その上に乗る絵具や、その使い方次第なのです。

■体質顔料について

 古くからヨーロッパで使われていたのは、吸収性下地の白亜地と石膏地でした。石膏地はおもにイタリアで、白亜地はドイツ、フランドルで使われていました。その地方に産する「白い粉」であったためです。、これらのどちらが良いというものではありません。マニュアル好きな日本人の律儀さ(?)から、イタリアの技法を学んだ者は石膏地を推奨し、ドイツやフランスのそれを学んだ者は白亜地を推奨しているのです。

 石膏地に使われる石膏とは、「天然石膏」のことで、硫酸カルシウムと水を成分とする鉱物です。画材店で入手する「焼き石膏」はこれを約105℃で焼いたもので、水を加えると固まりますので、このままでは使えません(※注1)。ここで使うものは、「ボローニア石膏」などと、産地名が付いたものです。この下地は、イタリア語から、Gesso(ゲッソ)と呼ばれています(※注2)。

 白亜は、微生物(孔虫類)の死骸や貝殻などが堆積して化石化した、もろい泥灰岩で、主成分は炭酸カルシウムです。良質のものは、フランスやスペインなどで産出し、その地名を取って、「シャンパーニュの白」とか「スペイン白」と呼ばれています。ちなみに、英語ではChalk(チョーク)と書きますが、言わずと知れた「白墨」のことです。

 これらはシルバー・ホワイトやチタニウム・ホワイトなどの「白色顔料」に対し、「体質顔料」と呼ばれていますが、これは染料系の色材を沈着させるための媒質として使われるためです。すなわち、白さはそれほど強くなく、他の色を食わないのです。あたかも、透明なガラスを細かく砕いていくと、白い粉になるのに似ています。

 いずれにしても、これらは現地では大変安価で入手できるもので、何よりこの点が下地として使われた最大の理由ではないでしょうか。しかし、日本では良質のものが産しないため、すべて輸入に頼らなければなりません。日本の画材店の棚に乗った時点で、数十倍にも値上がってしまいます。

パネルを作る  

パネル作りの材料

上左から、シナベニヤ・パネル、兎膠、白亜、水刷毛、靴ブラシ、寒冷紗

(図1)膠水の作り方

左)水1000ccに対し膠70gを入れ、(中)一晩膨潤させ、(右)湯煎で溶かす。

(図2)パネルの角にヤスリをかける。

(図3)裏にデータ・ラベルを貼る。

(図4)前膠を塗る。

(図5)寒冷紗を張る。

(図6)1回目の下地塗料。

(図7)パネルの側面にも塗布。

(図8)2回目の下地塗料。

(図9)紙ヤスリで磨く。

 では、これら天然の体質顔料に代わるものは、日本では手に入らないのでしょうか。
 たとえば、日本画の最も重要な白である胡粉(ごふん)というものがありますが、これは貝殻を焼いて作られたもので、白亜と同じ炭酸カルシウムが主成分です。もちろん、日本画材料店で入手するほか、塗料店で下地材料として置いてあるものも使えます。
 また、化学的に合成で作られる石膏(硫酸カルシウム)や白亜(重質炭酸カルシウムまたは沈降性炭酸カルシウム)もあります。これらはすべて薬局で食品添加物として、入手できます。

 この合成のものは、純度が高く、粒子が細かくて均一であるのに対し、天然のものにはたくさんの不純物が含まれ、粒子が不均一です。そのため、一見、合成のものの方が優れていると思いがちですが、私の経験では、微妙な点で天然の方に軍配を上げてしまいます。これは、この不均一さが乾燥時に収縮を妨げ、適度な軟らかさを与えているからなのです。

 しかし、あえて「イタリアの石膏やスペインの白亜に限る」と言うつもりはありません。ヨーロッパ至上主義から開放されるべきで、中国や韓国、日本にも、これに代わる天然の下地用顔料があるのではと、現在あれこれと試みているところです。

 たとえば、カオリンというものがあります。カオリンとは陶土のことで、これは、中国江西省浮梁県の高陵(かおりん)で良質のものが産したためについた名前なのです。

 石膏や白亜に比べて、粒子が細かいため、滑らかできめが細かいのですが、その分、厚塗りすると収縮率が大きくなります。
 処方は、白亜地の白亜をカオリンに置き換えるだけです。ベルギーのアカデミーでは、このカオリン地を推奨していました。(何とも皮肉なことで、ヨーロッパで東洋の物を好み、日本ではヨーロッパのものを好んでいるのです!!)

※注1 焼き石膏は、長時間大量の水につけて固まらなくして「殺して」から使うか、水と混ぜると放熱しながら固まるので、逆に加熱し続けると固まらない。

※注2 アクリル絵具の下地塗料もジェッソ(Gesso)というが、石膏のことではなく、単に下地塗料という一般名詞的な意味で使われている。

■パネルの準備

 今回は、表面シナベニヤ・パネルに寒冷紗を貼った支持体を使ってみます。これは、和紙に置き換えても、大体同じ方法で作れます。ベニヤなどの板のみでは木目に沿った細かい亀裂が入る可能性がありますので、寒冷紗や和紙を貼ることで、強度が増します。MDFなどの木質繊維合板では、これらの複合素材は必要ありません。

 寒冷紗は、若い世代にはあまり馴染みがないでしょうが、かつては夏の風物詩であった、「蚊帳」の素材です。最近では、園芸材料店で植物の日よけの材料として市販されています。画材店なら、版画コーナーで、エッチングのインクふき取り用の布を買い求めます。これが寒冷紗です。

■支持体・プレパレーション

1.  今回のパネルはメーカーに注文して作ってもらいましたが、のこぎりと木工用ボンドさえあれば簡単に手作りもできます。また、キャンバスの木枠を利用し、その裏にシナベニヤを貼り付けても良いでしょう。
 このままでも使えますが、私は、パネルのエッジを45度に削ります(図2)。これは、下地塗料を刷毛塗りする時、角に塗料が溜まりやすいからです。このように削っておくと、塗料は縁の方へ流れて溜まりません。

2.  裏に、データ・ラベルを貼ります。
 データ・ラベルは、どのような書式でも良いのですが、どのような材料で描いたかが分かるようにしたもので、自分自身のための覚書です。勿論、万が一の修復のためでもあることは言うまでもありません。
 まず、水1000cに対し、膠70g(7%と表記)の膠液を塗ります。その上にラベルの端を合わせ、上からほぼ倍に薄めた膠液(3%)を、空気を逃すようにして塗っていきます。その時、同時に紙の皺を伸ばすように、ゆっくりと貼り付けていきます(図3)。
 濃い膠水は紙に浸透し難く、貼り付けた後で紙が伸びてしまい、結果的に皺ができてしまいます。それに対し、薄い膠水は簡単に浸透して紙が伸び切るため、皺ができず、染み込んだ膠液は下の膠と結合します。
最後に、余分な膠水を、固く絞った濡れ雑巾で軽く叩いて吸い取ります。

3.  7%の膠水を、前膠として塗ります(図4)。この時、裏の四隅にプッシュピンを打っておきます。台との間に隙間を作ることで、液垂れでの接着を防ぎ、さらに通気が良くなり、裏からの乾燥も手伝います。
 さらに、側面にも塗布しておきます。

4.  前膠が乾いたら、寒冷紗を置き、上から同じ膠水を中央から放射状に塗っていきます(図5)。和紙の時は、板と和紙の間に空気が残らないように注意しましたが、今回の寒冷紗は、とても目が粗いため、空気が溜まることはなく、たいへん楽に張り合わせることができます。
 ひとつ注意する点は、寒冷紗はのりで織り目を固定してあるので、水分を与えると、織り目が酷く不安定になってしまうことです。そのため、貼り直しが利きませんので、しっかりと位置合わせをしてから膠を引きます。
 寒冷紗の余まった部分は、縁に折り込み、同様に膠水で貼り付けます。乾燥後にカッターナイフや紙ヤスリで整えると、きれいに仕上がります。

5.  同じ7%の膠水に、白亜をひたひたまで振り入れたものを、下地塗料とします。
 下地塗料を塗る時の注意は、どんな支持体でも同じことなのですが、1回目の時に塗り残しやムラや気泡が出来てしまうと、2回目以降では直せないということです。寒冷紗は特に気泡が出来やすいので、写真のような「秘密兵器」を使って擦り込むようにします。一度に広い面積を塗ってからでは、端から固まってしまいますので、少し塗ってすぐに、靴ブラシで円を描くように刷り込んでいきます(図6)。和紙を使う場合は、この秘密兵器は必要ありません。
 パネル側面にも塗っておきます(図7)。これは角の補強のためですが、毎回塗る必要はありません。たとえば、1回目は右、2回目は上、3回目は左、というように塗っていくと、塗った回数が分からなくなるということの対策にもなります。

6.  2回目は直行方向に塗ります(図8)。最初の時、しっかりと塗り残しや気泡を取り除いたものは、2回目以降は、「秘密兵器」は必要ありません。後は、これを縦横交互に、合計6回塗りします。

7. よく乾燥させ、サンド・ペーパー♯240で仕上げます。木片に巻き付けてヤスリがけすると、均等に平に仕上がります(図9)。
 最後に、固く絞った濡れ雑巾で、軽く拭きます。これで完成です。

《作例の処方》

1.支持体
 ・シナベニヤ・パネル(3mm厚)
 ・寒冷紗
2.膠液
 ・トタン(兎の皮)膠 70g
 ・水 1000cc
 ※ これを一晩膨潤させたものを、湯煎で溶かす。
3.地塗り塗料
 ・天然白亜
 ※ 上記の膠液に、ひたひたまで振り入れる。

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