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ART SQUAREは三浦明範の作品と絵画技法・材料のサイトです。

静物画講座 ―テンペラと油彩の混合技法― (その1)

ガラス器の祭壇 P20
パネルに油彩、テンペラ

ヤン・ファン・エイク
アルノルフィニ夫妻

■はじめに

 「静物画」というジャンルは、歴史的には17世紀ごろから始まりますが、実は人物画であろうと、風景画であろうと、描く立場では全く同じものであり、対象の大・小、遠・近、有機物・無機物、などの些細な違いでしかありません。したがって、私は私のスタンスがどこにあるかという事は、ほとんど考えた事はありません。一般的には、視点の位置から「静物画」というジャンルが近いだろうとは思いますが、その中には、人物も風景も取り入れていますので、一言で括れる言葉がないという事なのです。

 取りも直さず、絵を描く上で最も大切な事は、このようなスタンスの問題ではなく、さらに言うと、構図でも、立体感でも、質感でも、ましてや技術でもありません。「感動」です。描いた者が感動していなくて、誰が感動できるでしょうか。
 もちろん感動の方法論など、あろうはずもありません。したがって、ここでは感動の表現手段を著す事になると思いますが、常に最初の感動に立ち返る事を、私自身を含めて心がけていきたいと思っています。

 それともう一つ、私が現在使っている技法は、「油絵」という言葉ではこれもまた括れないジャンルなのです。具体的にはこれから順を追って説明していく事になると思いますが、とりあえず今回は、テンペラと油彩の併用とのみ言っておきます。

 ところで、「油絵」は、15世紀のフランドル地方(現在のベルギー)から発祥しましたが、16世紀の美術史家バザーリが「美術家伝」という書の中で、ファン・エイクが発明したと著したため、この事が長い間信じられてきました。(現在は、完成者ということになっている。)
 しかし、彼の技術は、いわゆる油絵具のみでは説明できない技術であったため、その秘密を解き明かそうと試みるものが、後を絶ちませんでした。

 その代表的なものの一つが、琥珀を溶かしたワニスを使ったのだという説。琥珀は最も硬い化石樹脂で、その透明で堅牢な性質が絵画にとって理想のものだったからです。
 ベルギーの代表的な絵具メーカーBROCKS社から、この琥珀のワニスと称するものが、製品化されています。(現在では、琥珀の特性を保持したままの溶解は不可能とされています。)
 また、マロジェの油脂と水性膠のエマルジョン(油脂分が水分中に微粒子で浮遊している乳濁液、またはその逆。)説、ジロティの単に揮発性油を使ったのだという説、あるいは、デルナーのテンペラと油彩の混合技法説など、多様な仮説があります。

 この油彩画の創世期に興味があり、96年より1年間、ベルギーに滞在しました。そこで、いろいろな文献を読み、修復報告とその後の分析結果などを参考にして、ヤン・ファン・エイクの模写をしてきました。
 この模写は、油・樹脂と膠を使った絵具で描きましたが、正解かどうかは、「神の味噌汁?」、否、「神のみぞ知る」、ということです。

 今日、画材店で簡単に、いろいろな絵具やその他の画材が手に入ります。しかし、それらが果たして総ての要望を満たしているかというと、必ずしもは肯定できないでしょう。或部分では、画材の方に合わせている事もあるかもしれません。
 優れた作品は、表現と材料(マチエール)が一致しているのです。その意味でも、この講座では、材料にもこだわっていきたいと思っています。

■混合技法とは

 さて、これから制作を始めますが、その前に技法の説明をしましょう。
 これは、テンペラと油彩を併用する技術で、先に述べたように、ドイツのマックス・デルナーがファン・エイクの技法としたものですが、実際はこれとは異なったものでした。しかし、結果的には、新しい技法を発明したことになりました。いわゆる、「温故知新」ですね。
 テンペラとは、油絵具が登場する前の絵具のことで、今日では水溶性の絵具のことを指すことが一般的です。ヨーロッパで最も多く使われていたのは、卵テンペラでした。
 この混合技法の最も特徴的なことは、「油」の上に「水」、すなわち油絵具の上にテンペラが、はじくことなく乗ることです。
 そのためには、「乳化」という処理をすることになりますが、実は皆さんには、マヨネーズ作りで周知のことなのです。つまり、サラダ油(油脂分)を卵黄(乳化材)と混ぜると、酢(水分)に混じる現象です。これは、油脂分が水中に微粒子状に分散している、エマルジョンという状態なのです。
 このようにすることによって、描く時は水で希釈でき、乾燥すると水分が飛んで油脂分だけになって、油絵具と同じになるのです。
 このエマルジョン化したテンペラと、油絵具を交互に塗り重ねていく技法が、混合技法ということになります。

■テンペラと油彩の違い

 テンペラは水で溶いて描きますから、水分が蒸発した時点で乾きます。つまり、乾燥速度がたいへん速いので、ぼかしが不得手なのです。また、その体積の大半が水分ですから、乾燥後は量が減り、フラットになります。そして、絵具に占める顔料の割合は非常に大きいため、不透明になるのです。
 逆に、油彩は乾燥が遅い分、ぼかしや色彩の移行が簡単にできます。また、油・樹脂成分は無くなりませんから、盛り上がりは残り、透明になってしまいます。
 これらの長所のみを取り入れて表現しようというのが、混合技法なのです。
 具体的には、まず、テンペラ白で明暗の調子を作ります。乾燥が速いので、漸減調子はハッチングという、線描の粗密による「雨降り描き」になります。
 この上から、油絵具にメデイウムを加えた油彩で薄く固有色を塗ります。(半)透明に塗りますので、下のテンペラ白が染まるように着彩されます。有色地に描いた場合は、この時点で、大まかな立体感と色彩は完成してしまいます。
 さらに、明部にはテンペラ白、暗部には油彩を重ねていくことで、より強調されていくことになります。

■制作例 ここでは簡単に制作例を挙げてみます。

1.パネルの材料
2.墨で下書き
3.インプリマトゥーラ
4.テンペラ白での描写
5.油彩固有色
6.さらにテンペラ白
7・.油彩

1.パネルの制作
 まず、木製パネルを準備します。自作するなら、3mm厚のシナベニヤに桟を渡して作ります。簡単に作るなら、キャンヴァスの木枠の裏に、シナベニヤを木工用ボンドで接着するのもよいでしょう。
 この表面に、膠液を塗布します。このままでも良いのですが、どうさの引いていない薄手の和紙や布を貼ると、より強度が増します。乾燥後、地塗り塗料を縦横交互に6回塗ります。
 よく乾かして、仕上げにサンド・ペーパーをかけて、パネルの完成です。

2.下描き
 下描きは墨で描きます。描き直しはできませんから、木炭でしっかり形を取るか、紙にデッサンしたものをトレースするなどしてから、墨入れします。

3.絶縁層と有色下地
 この地は大変吸収性が高いので、その調節のための絶縁層と、有色下地にするために、油絵の具にメデイウムを加えたものを全面に塗布します。刷毛塗りするなら、テレピンで2倍に希釈して使います。今回は、仕上がりが寒色調子になることを想定して、温かみを加えるためにライト・レッドで行います。
 これはインプリマトゥーラと呼ばれる、ルネッサンス以降盛んに使われてきた技法です。有色下地にすることで、その上の色彩の調和が得られるとともに、中間調子から始めるため、明部と暗部を広げていくことが容易になるのです。

4.テンペラによる浮き出し
 この上から、テンペラ絵具の白(チタニウム・ホワイト)でモデリングしていきます。

5.固有色
 この上に、薄く、半透明に油彩で固有色を重ねることで、大まかな表現は出来上がってしまいます。油絵具にはすべてメデイウムのほかに、ごく少量のシルバー・ホワイトを混ぜておきます。これは、その鉛成分が乾性油と結合して堅牢なものになり、さらに、乾燥(酸化重合)速度が速まるためです。また、テンペラの表現が、ハッチングでの漸減調子しかできないため、ソフトにすることにもなります。

6.テンペラ白の浮き出し、油絵具固有色の繰り返し
 さらに明るくしたい所に、テンペラ白で浮き出しをします。
 暗くしたい所や色彩を追加する所には、油絵具を塗ります。油絵具は、あたかもセロファンを重ねるように、色彩を重ねるだけの用途に使います。対して、テンペラは下の色を消すことと、調子を作ることに使います。

7. ハイライトと暗部の強調
 暗部に黒色を含むグラッシーを繰り返し、明部にはテンペラ白で浮き出しをしてから、ごく薄くシルバー・ホワイトのグラッシーをします。


「四つの洋梨」 F6 パネルに白亜地、油彩・テンペラ
8. 最後にハイライトと最暗部を強調して完成。



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