シルバー・ポイントとは、金属の銀を先端に持つドローイング材料のことである。鉛筆の芯に相当するものが銀であると言えば分かり易いであろう。現在の鉛筆に近いものが使われるのは17世紀初頭からであるが、それまでは銀のみならず、さまざまな金属が用いられ、それらを総称してメタル・ポイント(金属尖筆)と呼ばれている。
その代表的存在がシルバー・ポイント(銀尖筆)なのであるが、現存する多くのシルバー・ポイントとされる作品の中には、実際にはブロンズ・ポイント(青銅尖筆)で描かれたものも少なくない。
銀は空気中の硫黄分と反応して硫化銀となるため、シルバー・ポイントで描いたものは、直後としばらく経過した後では色が変化する。いわゆる「いぶし銀」のやや赤味がかった黒色になる。
金属を使って描いた歴史は古代まで遡るものと思われるが、その起源は定かではない。文献では、11世紀のテオフィルスの「さまざまの技能について」の中で、窓を構築する方法についての項に、白亜をこすりつけた木板に鉛尖筆か錫尖筆で線描するとしている。また、チェンニノ・チェンニーニ(1370頃~1440頃)の「芸術の書」には、素描を学ぶ方法としてのシルバー・ポイントの技法が紹介されている。
現存するシルバー・ポイント作品の多くは、15世紀から16世紀にかけてのものである。次第にその用例は少なくなり、17世紀以降は、僅かに筆記用具として使われたり、羊皮紙に描かれたミニアチュールの下絵に使われたりしたにすぎなくなっていった。
これは、1564年にイギリスのカンバーランド州のボロウデールで黒鉛鉱が発見され、17世紀初めには、この黒鉛を板で挟んだ鉛筆の原型のようなものが使われ始めたためである。さらに、18世紀には現在の鉛筆とほぼ同じものが工場で量産されるようになり、世界中で使用されるようになった。
そして、便利で手軽な鉛筆にその座を奪われたシルバー・ポイントは、歴史の彼方に埋もれていったのである。
チェンニーニは、「銀か真鍮の,その他何で出来ていてもよいが,筆先だけは銀製で,ほどよく尖っていて汚れのないきれいな尖筆」としているが、このようなシルバー・ポイントは1950年代頃までは僅かに製造され、ヨーロッパで入手できたようである。
しかし、逆に現代では容易に手作りが可能である。銀線やほかの金属線を入手し、これらを市販の「芯ホルダー」に挟むことで、シルバー・ポイントや他の金属尖筆が作れる。この先端を耐水ペーパーなどで研磨し、やや丸みをつけておくと描きやすいものになる。
かつて支持体として使用されたものは、板、羊皮紙、紙などであるが、基本的にはどのような支持体でも可能である。ただし、紙などに比べて遥かに硬い金属で描くことになるので、そのままの状態で描けばエンボスのような凹みができるだけである。
シルバー・ポイントでは、プレパレーションが重要な役割を担うことになる。
金属尖筆画の原理は、金属が画面の凹凸によって削られ、その微粒子が付着することによる。そのため、金属が削られる硬さを持つプレパレーションを施すことになる。鉛や錫またはその合金のみが、紙などに直接描くことの出来る金属である。
チェンニーニよると、烏賊の骨で擦って磨いた黄楊(つげ)の板を用意し、それに鶏の腿や手羽の骨粉を唾液で捏ねたものを擦り込み、その上にシルバー・ポイントで描くと著している。これはあくまで練習用の技術で、何度も再利用するための方法である。現存する作品では、骨粉や白亜を膠やワニスで定着したものに描いている。
実際的には、骨粉と同等の硬度を持つ顔料を使った下地塗料を支持体に塗ることで、シルバー・ポイントで描くことができるようになる。
基本的には、プレパレーションの媒材は発色には関係しない。ただし、過度な媒材の使用は顔料を完全に被覆してしまうため、顔料より媒材の硬度が左右してしまう。
また、既成品を利用するなら、市販の下地用塗料より白色絵具(油絵具、水彩絵具、アクリル絵具など)の方がプレパレーションとしては適していることになる。
シルバー・ポイントは、空気中や支持体等に含まれる硫黄分と化学反応を起こし、次第に硫化銀に変化していく。そのため、描いた直後は黒灰色であるが、時間を経るに従い、次第に黒褐色に変化していく。
実験では、直後から変化し始め、約二ヶ月以降は変化しなくなった。
≪描き方≫
鉛のような軟らかい金属の場合は、食パンや練りゴムだけでも簡単に消えるが、シルバー・ポイントでは、基本的には消すことが出来ない。したがって、できるだけ軽く薄く描き始め、次第に強く濃くしていく。
≪修正≫
修正は、出来るだけ避けるようにするが、やむを得ない場合は、下地を削り取る方法がある。膠下地の場合は、スチール・ウールやサンドペーパーなどで削り、固く絞った濡れ雑巾で軽く整える。
≪加筆≫
チェンニーニの「芸術の書」には、インクやアラビア・ゴムや、卵白を使った絵具での加筆方法が記されている。このアラビア・ゴムを展色材に使う絵具とは、現在の水彩絵具そのものである。
実際的には、水性下地の場合は墨や水彩の黒を使い、ハッチングで加筆する。
※女子美術大学紀要第32号(2002年)「金属尖筆(メタルポイント)によるドローイング・三浦明範著」より抜粋。